「ゆめみの駅遺失物係」(安東みきえ)①

「あたし」はどこにでもいる女の子

「ゆめみの駅遺失物係」(安東みきえ)
 ポプラ文庫ピュアフル

引っ越してきた町で、
中学校に馴染めずにいた
「あたし」は、ひょんなことから
ゆめみの駅にある
遺失物係にたどり着く。
そこは誰かが忘れた「おはなし」が
世界中から届けられ、
「遺失物語台帳」に収められている
不思議な場所だった…。

なくした「もの」ではなく、
なくした「ものがたり」を
預かっている遺失物係。
何かをなくしたのは確かだけれど、
いつどこでなくしたのか、
いや、何をなくしたのかさえ
不確かな「あたし」が、
この遺失物係と巡り会うのです。

「あたし」はどこにでもいる女の子です。
思春期特有の悩みを
抱えているのでしょう。
「あたしはがっかりすることには
 慣れています。それに、
 立ち直るコツも知っています。
 かんたんです。
 それ以上を望まなければいいのです。
 もともと望まなければ
 がっかりすることもないのですから。」

最近多いのです。こういう子どもが。
かれこれ30年近く
中学校の教員をやっていますが、
夢を持てない、夢を持たない、
夢を持とうとしない子どもが
増えてきているように思えます。
子どもたちは傷つくことを
異常なほど恐れています。
傷つくくらいなら、
はじめから夢を持たない方が
いいとさえ思っています。
進学先も、進路も、生き方も、
いや、恋愛さえも、
失敗して傷つくよりも
安全な傷つかない道を選びたがります。
私は主人公「あたし」が、
とても身近に思えてなりません。

遺失物係に一週間通い詰め、
「あたし」はなくした「おはなし」を
見つけていきます。
正確には「おはなし」を
なくしたのではなく、
まだ作れずにいたことに気付くのです。
「あたしは、今度こそ自分の物語を
 作ってみようと思いました。
 人がぽろぽろと落としていったもの、
 石にまぎれて
 踏みつけになっているもの、
 その中にある
 尊いものを拾いあげてみたい。
 両手でそっとすくいあげて、
 もう一度、
 人々の中に届けてみたいのです。
 それが今のあたしの夢なのです。」

「遺失物係」というと、
私は谷川俊太郎の詩
「かなしみ」を思い浮かべてしまいます。

 あの青い空の波の音が
 聞えるあたりに
 何かとんでもないおとし物を
 僕はしてきてしまつたらしい。

 透明な過去の駅で
 遺失物係の前に立ったら
 僕は余計に悲しくなつてしまつた

安東みきえの創った遺失物係は、
訪れた人を決して
余計に悲しくさせたりしません。
落とした人の心にそっと寄り添い、
温かい言葉をかけてくれるのです。
中学生にぜひ薦めたい一冊です。

(2019.4.19)

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